税理士と弁理士。
前者は税金や経理のプロであり、後者は特許や知財に精通しています。
どちらかの資格を取得して将来活躍したいと考えている人も多いでしょう。
そこでこの記事では、ちょっとばかりユニークな士業比較をしてみたいと思います。
互いに相対化することで、相手士業への理解を深めたり、今まで見えていなかったものが見えてきたりするからです。
内容的には、この両資格の難易度や職業事情等を様々な角度から徹底的に比較してみます。
どっちの資格を取ろうか迷っている人はもちろん、他士業に興味のある人も参考にしてみてください。
なお当記事は私の個人的な見解に基づくものであることをご了承ください。
略歴:特許事務所→公認会計士→監査法人・会計士事務所→弁理士→独立(会計事務所・特許事務所経営)
特許事務所を経営する父親の長男に生まれる。
そうした背景もあって学生の頃から知財に関与していたが、ある日、心機一転、会計業界に飛び込む。
その後、父親の健康事情から家業を承継するとともに会計事務所を開業。
長期にわたり複数の士業に携わりながら、様々な事務所や実務を経験する。
税理士vs弁理士①:試験難易度について

どちらも資格取得に複数のルートがありますが、以下では国家試験受験を前提とします。
両資格とも
- 基本的に仕事しながらの受験である
- 受験勉強が長丁場になる
結論として、試験は大変難しく、資格取得までのハードルは相当高いです。
ですが、その難しさの中身は同じではありません。
その点を具体的に見てみます。
税理士試験
税理士は会計2科目、税法3科目の計5科目の合格が求められます。
この5科目は科目別に合格すればよく、原則、同時合格を求められる弁理士とは異なります。
ですが、この科目別合格、想像以上にキビシイ!
大雑把に言って1科目10%前後の合格率ですが、1科目ごとの競争自体がシビアで結構大変なのです(また計算と細かな暗記が無味乾燥で、あまり面白みは感じれらないかもしれません)。
受験が長期化するにつれ、マンネリ感がでてきて集中力が続かなくなってきます。
合格状況の傾向として、例えば会計2科目と税法1科目、計3科目で止まってしまう人が少なくありません(法人税がどうしても受からず、10年が経過した、など)。
結果、科目合格のままで終わってしまうのです。
弁理士試験
税理士と異なり試験は3段階。短答試験、論文試験、口述試験に合格しなければなりません。
最終合格率は約10%(ただし令和3年は6.1%、難化傾向にあります)。
計算科目がないという点では税理士より楽ですが、難解な法律科目のオンパレードです。
しかも短答試験の暗記量は半端ないです(司法試験や会計士試験よりも多いと思う)。
予備校のテキストも電話帳の山となります!
さらに注目すべきは受験者層。
東大・京大等の旧帝大(プラス東工大、早慶)が受験者・合格者の多くを占めています。
受験者たちの地頭が違うと言ったらよいでしょうか。
参考:令和4年度弁理士試験最終合格者統計(特許庁HPより)
税理士vs弁理士②:試験勉強と実務との関係
資格と実務は別物

そんな難しい国家試験ですが、受かっても実務に直結するとは限りません。
受験勉強では実務的判断能力は身につかないからです。
とはいえ税理士試験は、弁理士に比べれば、試験勉強の知識は実務に役立つといえます。
確かに計算テクニックや細かな法令の暗唱までは実務で求められるものではありません。
ですが、やはり知らないと話にならないものも少なくないのです(専門職は、知識勝負の側面が否定きません)。
これに対して、弁理士試験は専門家として知っておくべき事ばかりなのですが、日常実務では(試験内容とは)全く別次元のものが要求されます。
例えば、試験では特許法(法律)について細かく問われます。
他方で日常実務では技術内容の理解を前提とした、発明の創意工夫についての説明能力が求められるのです。
文系出身の弁理士志望者は慎重に
ですので、文系出身の人で弁理士を目指される人は、ご自身のキャリアパスにつき慎重になる必要があります(特に特許をやろうと思っている人)。
絶対不可能というわけではないのですが、事務所就職も含め相当大変だと思います(実務習得の際は、資格のことはいったん忘れ、寝食の時間を惜しんで取り組む必要があります)。
確かに意匠・商標分野もありますが、出願業務だけでは収益性に限界があります。
知財の知識以外に、交渉力や語学力に自信がある、などのプラスαが求められるでしょう。
一般論となりますが、文系出身で税理士か弁理士かで迷っている人には、税理士の方がお勧めです。
>>文系でも弁理士を目指せるか?仕事や就職、特許の可能性も徹底解説!(外部リンク)

税理士vs弁理士③:仕事内容について

ニーズとつぶしがきく度合
税理士の仕事は、おカネや税金を扱います。
個人や会社を問わず必須のものですし、どんな事業にせよ必ずついて回ります(日常レベルでも経理は不可欠ですし、毎年の決算・税務申告も絶対です)。
その意味で税理士は、専門的である一方、結構つぶしがきくといってよいでしょう。
それに対して弁理士。
極めて高度な内容を扱うのですが、残念ながら税理士とは対照的といえます。
特許の取得は任意ですし、昔と異なり特に中小企業の特許離れは顕著です(一般の中小企業には、特許はビジネスの贅沢品のように映るようです)。
また弁理士が知財から離れたら、先ずその技能を使うことはありません(専門的過ぎて、つぶしがきかないのです)。
さらに税理士業務は業務の継続性があるのに対して、弁理士業務は基本的に(出願という)単発のものです。
結論として税理士と弁理士とでは需要面、つぶしがきく度合、そして安定性という点で差異が生じてきます。
役所対応について
- 税理士:申告書を作成して税務署へ提出する/税務調査への対応・交渉
- 弁理士:明細書を作成して特許庁へ特許出願する/出願審査(特許できるか否かの審査)の応答(意見書・補正書など)
役所への代書屋さんという点で共通しますが、その対応につき雰囲気の違いが感じられます。
私の個人的な感想ですが、特許庁への応答は淡々と書面(意見書や補正書)でやっていく感じです。
それに対して税務調査は少し厄介。
税務でも理論武装と証拠の整備が重要とはいえ、現場の駆け引きまがいのところが全くないわけではありません。
さらにこれに顧客が口を挟んでくると(自分たちの論理を主張するようになると)、さらに面倒になったりします。
これに対して、弁理士の顧客<特に中小企業>は、税務調査時のような物言いはあまりしてきません。
創造的側面はあるのか

一般的な日常業務を見てますと、税理士は記帳代行や税務申告書の作成がメインです。
今日ではソフトが大方やってしまうのですが、狭い意味での日常業務はルーティンワークになりがちです。
その意味では、創造性は相対的に乏しいと言わざるを得ません(誰がやっても基本的に同じになりやすい)。
これに対して弁理士の作る特許明細書は、ソフトで自動的に作成というわけにはいきません。
この明細書(仕事の成果物)は、2つと同じものができませんし、1000人の弁理士がいたら1000通りのものができるのです。
ズバリ創造性に富んだ仕事といえるでしょう。
しかも、コレ結構、職人芸的なところがありますし、いわゆる匠の技が求められます。
当然ながら、通常は一人前になるのに税理士以上に修業が必要です。

税理士vs弁理士④:収入について
ザックリみて、どちらも平均年収はともに700万円くらいといったところでしょうか。
また独立して事務所が軌道に乗れば年収数千万円も十分あり得ます(注:独立した場合は、かなり個人差がでてきます)。
注意したいのは初任給とよばれるもの。
どちらも、無資格者で実務を始めますし、仕事をしながら資格取得の勉強をしていきます。
無資格・未経験を前提とすると、初任給は30万に届かないのではないでしょうか。
要するに見習い(丁稚)からのスタートです。
なお、今日では新規弁理士試験合格者の約半分が会社員です。
つまり実際は、待遇も含め一般のサラリーマンの扱いと変わらないということです。
税理士も弁理士も年収を千万円単位で上げるには、事務所勤務・独立を問わず最終的には仕事や顧客の開拓が必要です(申告書や明細書の作成だけでは限界があります)。
要するにコミュニケーション能力を前提とした営業能力がおカネに結びつきます。
>>弁理士の年収の現実とその増やし方を解説【やり方次第で稼げます!】(外部リンク)

税理士vs弁理士⑤:独立のしやすさ

ではその収入面でも一般的に恵まれるとされる独立について見てみます。
今日では昔と違い、どちらも資格だけで独立するのは(顧客を開拓するのは)困難です。
報酬単価も昔に比べ、2分の1や3分の1は当たり前です。
ですが、結論的には(単価は厳しいものがあるものの)まだ税理士の方が独立しやすいかな、というのが正直なところです。
理由は先ほどお話ししたニーズと安定性からです。
税理士独立については、とりあえずかき集めれば何とかなる、といった感じです(注:あくまで弁理士との対比です)。
これに対して弁理士。
国内マーケットそのものが小さいうえ、絶対的なパイが縮小傾向にあります。
結局、特許は任意であり、経理や税金とは次元が異なるのです。
事実、弁理士独立は近年(ゼロではないですが)あまり聞きません。
先ほど言いましたように会社員が弁理士試験合格者の中心ということもあり、独立志向自体が弱まっています。
仮に独立したとしても、事務所の収益構造はかなり厳しく(例えば事務所の年間売上が300万といった具合です)、他の特許事務所でパートをしたり外注を引き受けたりするケースが多いです(あるいは予備校講師など)。

>>弁理士で独立を成功させるには|事務所開業の実情と注意点を徹底解説(外部リンク)

税理士vs弁理士⑥:年齢層について
- 共に高齢化が進んでいる
- 若い人たちにはチャンス!
どちらも業界の年齢層は高めです。
税理士の平均年齢は60歳前後、弁理士でも50歳以上。
他の士業と比べても高齢化が顕著です。
また、どちらの試験合格者の平均年齢層も30代後半から40歳近くなります。
これに加えて役所(税務署や特許庁)OBの割合も少なくありません。
この高齢化については、色々な見方ができると思いますが、実は若い人には絶好のチャンスともいえます。
当然と言えば当然ですが、年齢が上がると新しいことや時代の急激な変化に追いついていくのが大変です(とくにIT・情報通信分野)。
逆に言えば若い人には、世代交代とともに差別化のチャンスでもあるのです。

税理士vs弁理士⑦:顧客との関係~やっぱりがココが悩みの種~

やはり顧客がシビアになってくるのは自分たちの懐事情が関係してくる時です。
状況次第では個々人の感情も介入したりします。
この点、やはり税理士の方が大変です。
税金というお金を巡り顧客と対立したり、税務署と顧客との間で板挟みになってしまうからです。
対して弁理士。
実は私が見たところ、特許自体(仕事の成果物そのもの)についてはそれほどトラブルは起こらない。
問題になるのは、むしろカネの問題。
つまり弁理士からの請求書絡みが多いような気がします。
弁理士としては十分説明したつもりですが、複雑な手続きを進めるに際し(顧客からすると)予期せぬコストが発生してしまうのです。
結局、ここでトラブルが発生。
特許に慣れている大手メーカーなどは除く、と言いたいところですが、報酬(単価)交渉を巡っては、結構対峙するのではないでしょうか。

>>弁理士はやめとけと言われる理由|よかったこと・メリットも紹介(外部リンク)

ダブルライセンスの可能性

最後に税理士×弁理士のダブルライセンスの可能性について触れておこうと思います。
なかなか接点が見つかりづらい両資格ですが、知的財産の価値評価という視点で様々な可能性が見込まれます。
これについての手法に需要が見込まれると、例えば特許権などを担保化して資金調達につなげたりできるでしょう。
ただし、ゼロから資格を目指す人には、まずは留意すべき点があるので挙げておきます。
- どちらの資格の業務をメインにするか
- メイン業務については十分実務経験を積んでおくこと
- 顧客のニーズを見極めること
要するにただ漠然とダブルライセンスを狙うのではなく、しっかりと業務の方向性なり戦略を立てていくということです(でないと、中途半端になってしまったり、ただの資格マニアで終わってしまいます)。
また、何事もそうですが顧客のニーズがあってこそ成り立つものです。
そのためには、単に仕事の出口(申告書や明細書の作成)だけでなく、入口(顧客のビジネス)に関心を持ち、どうしたら知財がお金に結びつくかを考えることがポイントです。
パイオニア的な色彩の濃い業務ですので試行錯誤が伴いますが、これは!というものがありましたら、ぜひ挑戦していただきたいと思います。


おわりに

税理士と弁理士を様々な角度から比較してきましたが、いかがだったでしょうか。
専門性の高い分野に就くと、どうしても視野が狭くなる半面、隣の芝生が青く見えたりするものです。
今回の記事では、そうした事態を緩和したいという思いもありました。
参考にしていただけたら幸いです。
最後になりましたが、税理士試験並びに弁理士試験の受験生の皆様につきましては合格を心より願っています。

